戦略日記
価格転嫁できないパン屋の悲劇 #178
価格転嫁を巡って、中小企業は依然として厳しい状況に置かれているようです。ある調査会社のデータによると、コスト上昇分の価格への転嫁率は43.6%にとどまっています。
中小企業庁の調査では、取引先の大企業から「今の価格で出来ないなら、やめてもらってかまわない。」とか「他社は何も言ってこない。」などの理由で価格アップの交渉に応じてもらえない事例もあるとのこと。大企業が取引の停止や縮小をほのめかして値上げに応じない場合、独占禁止法違反となる可能性も指摘しています。
中小企業の倒産件数も増えてきています。弊社主催の勉強会に参加した中小企業経営者を対象に行った調査では、知り合いの会社が倒産したことがあると回答した経営者は80%に上りました。これは、中小企業にとって倒産が身近な問題であることを示唆しています。価格転嫁の問題に加え、人手不足が中小企業の経営状況を悪化させています。
このような折、たまたま見たテレビ番組でパン屋の倒産が急増しているニュースを見ました。パン屋は、もともと薄利多売の商売で、店主はよく「儲けようと思ってやっているわけではない。お客様に安く、美味しいものを提供したい」と話します。
番組では、あるパン屋が高騰していく材料費や経費などを価格転嫁せずに経営してきたが廃業を余儀なくされたとの報道でした。店主のインタビューで印象的だったのは、「価格を上げることは、お客さんのためにならない。これ以上、やっていけないので不本意ながら廃業を決めた。」加えて最後は世の中を恨むようなコメントでした。この後、10年以上通い続けた女性客が「ここのパン屋は、本当に美味しく長年のファンだったから悲しい。今のご時世、価格が上がることは止むを得ないと思います。ここのパン屋であれば、倍の値段でも買う。」と涙ながらに語っていました。
「価格を上げてはいけないと頑張ってきたが続けられなかった」という売り手と「価格が倍になっても買う」という買い手のコメントに隔たりを感じます。モノは安く大量にという30年間続いてきたデフレからインフレに局面が変わったことを深く理解できていなかったと言えます。また、価格を上げることは悪であり、お客のためにならないという迷信のような固定概念が未だ蔓延しているからだと思います。
市場は価格高騰について一定の理解を示しています。「安く提供して、お客に喜んでいただく。」という気概は素晴らしいことですが、会社や店自体が利益を出せず、存続できなければお客に喜んでいただくことなど出来ようがありません。
「経営は売上ではなく粗利益で賄われている。」当たり前ともいえる利益構造を経営者はしっかりと学び、価格競争の経営から脱却する必要があります。賢明な経営者であれば、何を知り、何を学び、何を実践すれば良いかの答えは明白です。