戦略日記
知らぬが仏 #126
知らぬが仏という諺があります。
この本来の意味は、真実を知ってしまうと心乱されるような事柄も、知らなければ仏の境地でいられるといいうことを言い表しています。「知らぬが仏、知るが煩悩」「知らぬが仏、見ぬが極楽」と、重ねて使われることもあります。
誰もが真実を知りたいと思う気持ちがあります。それは人として、自然なことですが同時に嫌なことは知りたくないという気持ちもあります。人間の深層心理ではないかと思います。
どうしても知る必要のあることでしたら、嫌なことでも仕方ありませんが物事は知らなくてはならないことばかりではありません。知る必要の無いことを、知らないままでいることも、人生の智慧の一つであるかも知れません。
この「知らぬが仏」、元々は、どちらかというと「知らない」でいることを肯定的にとらえる言葉でしたが、次第に、本人だけが知らないで呑気でいることを揶揄する使われ方もするようになりました。
このことは経営者においても通じるところがあります。経営戦略を知らない経営者、または知ろうとしない経営者です。
経営とは、いったいどのような要因で成り立っているのか。その要因はどのような役割で重要度があるのかを知らない経営者が多いのです。知るということは知識であり、経営の基礎と言えます。
そもそも、この知識がない経営者は、知らないので見えるもの(戦術)に注力していってしまいます。誰もが見えるものはわかりやすく安易に対応できると思っているからです。更には経営者の志や理念、思いの部分です。経営者において最も重要でありますが、同様にこれもわかりやすい要因です。
どんなに崇高な理念や思いがあっても飯は食えず、ましてや経営を成立させることは出来ません。
経営者がよく議論する例えとして、「経営者のあり方(志)×やり方(戦術)」が大事と言われていますが、「経営者のあり方(志)×考え方(戦略)×やり方(戦術)」が必要です。中心の考え方(戦略)が抜けてしまっていては、競合ライバル会社に勝つことは不可能となってしまうからです。
よって、経営者の肩書きがつく者は、戦略を学ぶことは必要不可欠であり、知らないと会社がとんでもないことになってしまいます。無免許運転で車を運転しているのと同じ状態と言えます。
経営者は持続可能な経営をすることが最大任務ですが、知らないと本当の仏になってしまうことを自身に深く刻み込まなければいけません。